大規模修繕を活用する手法を探る
大規模修繕を活用する手法を探る
「三欠く人生」とは「恥欠く、義理欠く、人情欠く」、つまり人間としての規範を欠いてもただカネを儲ければいいという人生のたとえであり、古来日本では、この三欠く人生は最も卑しむべきものとされた。
日本という国の基盤は、恥ずかしいことや卑怯なことはしない、義理と人情は欠かさないことだったのだが、最近の風潮は「三欠く人生」のほうがどうも大手を振っているように見える。
ほんの 年前の日本はそんな日本ではなかったはずである。
Hバード大学教授だったエズラ・Vゲル氏が『ジャパンァズナンバーワン』という本を出版したのは1979年。
これからは勤勉で実直で正直な日本が世界のトップになるという内容の本で、日本でもたちまちベストセラーとなった。
この本によって戦後の焼け跡から必死になって働いてきた多くの日本人は大いに元気づけられたし、敗戦で失いかけていた自信も取り戻すことができた。
1937年に戦前の旧満州(中国東北部)で生まれ、敗戦時の大混乱から命からがらで引き揚げてきた筆者にとっても、これからは世界をもはや背中を丸めて歩くのではなく、もっと胸を張って歩こうと大いに元気づけられたものである。
日本人であることが嬉しかったし、また大いに誇りにもなった。
ところがその後がいけない。
1980年代に入ると日本の大躍進は世界中で摩擦を惹(ひ)き起こし、日米通商協定などアメリカとの関係もギスギスしてきた。
そのために円は急速に切り上がり、日本の円は世界中を買い漁る力を持つに至ったのだが、どうもその使い方がうまくなかったし、これまで持ったこともない大金を持ったためか、謙虚で思いやりに富むとされていた日本人の一部には、もはやアメリカに学ぶものはないと豪語して、ピルを買いまくるなどといった、分を忘れた傲慢さが目につくようにもなった。
国内的には円高はカネ余りを生む。
加えて円高抑制のために低金利政策がとられたこともあって日本中にカネがダブついた。
したため「円高・低金利・原油安」というトリプルメリットを日本は享受するという何とも恵まれた状況だったことも、日本人の自信を天まで昇らせ過信させてしまったのだろう。
株も土地もどんどん上がるし、円の価値は強まる。
まるで天国みたいな気になってしまったのだが、そこで「三欠く」に加えて分とか分際という肝心な大切なものを忘れてしまったのである。
買えば上がる、上がるから買うとなれば待っているのはバブルである。
ついに人心にまでバブルは及び、日本の目に余る世界買い漁りは企業からOLにまで及んだのだから、分別を忘れて酔い痴れるとは怖いものである。
本来であればそこで戦後は一度も戦争も経験せずに、平和の中でただひたすら働いてきた結果がこんな豊かな国になったと、まず感謝すべきだったのだが、こんなに株や土地が上がると持てる者と持たざる者との格差が広がる。
そのためには何が何でもバブルを演じて一億総中流、一億総平等の社会にすべきという声が強まり、あろうことか政府の強権的なバブル減し政策でバブルはアッという間に消えてしまい、残ったのは膨大な不良債権と企業による生き残り策としての強烈なリストラという惨たんたる状況となったのはご案内の通りである。
そのため人心は、今度は一転して悲観的、自虐的となり、またマスコミもバブルが生まれた原因や演じた政策についての検証もすることなく、日本悲観論へと舵を大きく切ることになった。
書店にはゼネコン壊滅、銀行倒産、生保破綻といったおどろおどろしい本や雑誌が並び、一時はいまにも日本が沈没してしまうかの感すらあった。
その後遺症はまだ根強い。
グローバル化につれて外国人も日本にはたくさんやってきたし、そのため治安も確かに悪くなった。
その間も国民は懸命に貯蓄に励み、いまや個人の金融資産は1500兆円余に達している。
バブルでひどい目にあったのは確かだが国民の富は増えているのである。
ところがバブル崩壊後の景気対策として国が行った様々な政策のツケが約800兆円もの財政赤字として積み上がっているのも事実。
政府は大借金の一方で国民は大金持ちとなっているのがいまの日本なのだが、国の借金だけを見て出てくるのが日本特有の悲観論、自虐論という風潮はどうにもいただけない。
もうそろそろ大きく発想を変えてみてはどうだろう。
大借金の政府にはもはや無い袖は振れないのだから、政府など頼りにすることを止めて、自らの力で新しい日本を作ることを考えてみるほうがより健全であろう。
戦争もしなくてすんだし、さしずめ食うに困っているわけでもない。
世界で毎日死んでいく人の約3割は餓死とされているのに、日本では餓死したという話は大ニュースになる。
生命の理不尽な取られ方をする心配もないのだから、こんなありがたい国は世界中のどこにもないはずである。
加えてカネは山ほど持っているし、これから心配になってくる環境やエネルギーについても、その問題を解決する技術も日本は世界で群を抜いている。
高齢化が進むとはいえ、まだまだ元気な労働力もある。
若ければいいというわけでもないだろう。
若い経営者の中には不祥事を起こす人もいるが、彼らには高齢者から学ぶという知恵が足りなかったからではないのか。
高齢者には自分も昔は若かったという、若者にはないすばらしい経験もあるのだから利用しない法はない。
カネはふんだんにあって優秀な労働力もある。
また世界に冠たる技術の集積地でもあるのだから、要は組み合わせがうまくいっていないだけなのである。
この際目先の小さな問題で大騒ぎをするのではなく、テレビのモーニングショーの連中にまかせておけばいい。
そんな些事にかまけている暇があるのなら、もっと将来の日本について各々が考えることのほうが大事なのではないか。
2100年にどういう日本を残したいか、将来の孫子のためにどんな国を残すか、そのために自分は何ができるか、一度是非考えてもらいたいのである。
日本はりっぱな国であり優秀な国民が揃っているのだから、できないはずはない。
人間が生きていくうえで変化はつきものである。
だが、変化には小さな変化もあれば大きな変化もある。
日本はいまこの大きな変化に直面している。
「大きな変化」を短縮すると「大変」という言葉になる。
私は講演などで「大変な時代の読み方」というテーマで話をする機会が多いが、大変という言葉がなんとなく口をついて出てくる時こそ、自分自身も変わらなければならない時だと申し上げている。
世界も大きく変わり、日本も変わっていかざるを得ないこの大変な時代に、個人個人も大きく変わらなければ、大変化に取り残されてしまうことは言うまでもないだろう。
後でも触れるが、人と同じことをしていれば人並みの成果が得られた時代は終わった、ということだけは肝に銘じたい。
変化にはまた2種類あって、目に見える変化と、目に見えない、後になってじっくり効いてくる変化がある。
トレンドとしての大きな変化と、サイクルとしての小さな変化もある。
この様々な変化をはっきり認識して、新しいトレンドに適した発想をすることが欠かせない。
トレンドは変化がもたらすものであり、トレンドが大きく変われば、上昇トレンドを基盤として成立していた日本の数々の神話が崩壊するのも当然の帰結なのである。
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